VOL .60 [ブランドの使命とは何か] 2011.05.21掲載

先の震災により、更なる日本経済の収縮が危ぶまれる昨今、何とか景気が上向きになって欲しいという私的な願いから、今回のプライベートコラムのテーマ構想を練りました。

私の父の口癖に、「どうせ買うなら一番いいものを買え」という言葉があります。そのお陰で私の小学校入学時には、黒い牛革製の一番高いランドセルを買ってもらった記憶があります。今、思い返してみると、父の「どうせ」という言葉の意味には、小学校の6年間を毎日使うものなのだから、丈夫で長持ちするものを買いなさいと言っていたのだと推察できます。当時はまだ幼い私には、父の真意が理解できませんでしたが、そのランドセルのお陰もあってか、今では無類の革好きの性格です(笑)。

それが、私の人生初めてのブランド体験だったのかもしれません。苦労して自腹では買ってはいないものの、いいモノに触れる愉しみや歓びというものを、その時、父から教えられたような気がします。

さて、本題に入りましょう。今回のテーマは「ブランドの使命」です。ブランドと聞いて何を連想されますか。「贅沢品」「財力の象徴」「印象度アップ絶大アイテム」「無用の用」どれもが言い得て妙。しかし、何かが足りません。それは、二次的要因と言いましょうか、ブランドを持つことで、自分の内面に生じてくる変化というものがあります。その部分を今回は探ってみたいと思いました。

一流のホテルマンは、初見のお客様にお会いした時に、瞬時にお客様が身に付けているモノをチェックする習性があるそうです。身に付けているモノとは、洋服であったり、靴であったり、装飾品(時計・アクセサリー等)などを見ながらも、お客様を品定めをして対応に気をつけるという事を本で読んだことがあります。

確かに、ビジネスシーンにあっても、第一印象の大切さはここで説明をするというのは言わずもがなのことです。皆さんは重々ご承知のことでしょう。コラムVOL.1[ブランドとのつき合い方]でもお話したブランドのアイコンや知名度を借りて自分をブランド化することが大切な時代です。

しかし、景気が低迷してきますと、ブランドを否定することが規律社会の中では、大衆的正論のように語られることが間々あります。それは穿った見方をすれば社会主義的であり、誰かが頭を出すとコツンと頭を小突く学校の先生と同じようなことなのです。

自分をブランド化してセルフプロデュースをするということは、現代社会において個性の主張の一環であり、歓迎されなければならないのに、ひとり目立つことをすると潰しにかかるということは、先進民主主義に反する考え方であると自覚しなければなりません。

めまぐるしく変化する消費社会に於いて、数ある選択肢の中からブランドを選ぶということは、ブランドの持つ歴史やアイデンティティーとの契約みたいなものであります。お客様からみれば「私はあなたというブランドを選んだのですから、ブランドの名を汚さぬよう、共に成長して参りましょうね」というWIN WINの関係があってこそ、「ブランドは人を育てる」という真価が発揮されるのです。一方的な「お客様は神様です」発想で、提案も何もなければ、ブランドは消費の対象のみで終わってしまいます。

結局、ブランドの使命というのは、商品の対価に見合うだけのお客様をワクワクさせたり、ドキドキさせて、お客様に何かしらの感動や感性を創出させることが、ブランドの本懐を果たすことになるのではと思います。

ブランドの魅力とは、冒頭でもお話した幼少時のランドセルの記憶ではありませんが、見えない高付加価値をお客様に発信していくことが、これからもブランドが生き延びる唯一の道ではないかと考えます。

日本経済がこのまま沈んで行ってしまったら、いずれ世界のブランドメーカーは、日本から撤退してしまうんではないかと危機感を覚えます。仕事がらブランドに携わる私としては、寧日がない今日この頃です。


添付写真:昔懐かしいランドセルのイメージ写真。

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Written by Yasumoto Takashi

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